女性はケガしているか?

前提:毛、食、笥。 - 鈴木君の海、その中

 白不浄、黒不浄、赤不浄というものがあって、それぞれ出産、死、月経の事らしい。私としては不浄というとまるで汚いものみたいなイメージがあって非常に嫌なのだが、たしかにそういう「しきたり」が出来てしまったのは事実である。しかし、それが日本「古来」のものであるというのには納得がいかないのである。

 ネット上の意見を要約すると、このケガレ思想は日本神話に見て取れるらしい。具体的には女神であるイザナミが火の神を産んで死に、夫のイザナギが妻を捜して黄泉の国に行った時の話である。重要箇所を引用してみよう。

古事記物語

 そうすると、御殿のいちばん奥に、女神は寝ていらっしゃいました。そのお姿をあかりでご覧になりますと、おからだじゅうは、もうすっかりべとべとに腐(くさ)りくずれていて、臭(くさ)い臭いいやなにおいが、ぷんぷん鼻へきました。そして、そのべとべとに腐ったからだじゅうには、うじがうようよとたかっておりました。それから、頭と、胸と、お腹(なか)と、両ももと、両手両足のところには、そのけがれから生まれた雷神(らいじん)が一人ずつ、すべてで八人で、怖(おそ)ろしい顔をしてうずくまっておりました。
 伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、そのありさまをご覧になると、びっくりなすって、怖ろしさのあまりに、急いで遁(に)げ出しておしまいになりました。
 女神はむっくりと起きあがって、
「おや、あれほどお止め申しておいたのに、とうとう私のこの姿(すがた)をご覧になりましたね。まあ、なんという憎(にく)いお方(かた)でしょう。人にひどい恥(はじ)をおかかせになった。ああ、くやしい」と、それはそれはひどくお怒りになって、さっそく女の悪鬼(わるおに)たちを呼(よ)んで、
「さあ、早く、あの神をつかまえておいで」と歯がみをしながらお言いつけになりました。
 女の悪鬼たちは、
「おのれ、待て」と言いながら、どんどん追っかけて行きました。

(中略)

 そこへ、女神は、とうとうじれったくおぼしめして、こんどはご自分で追っかけていらっしゃいました。神はそれをご覧になると、急いでそこにあった大きな大岩をひっかかえていらしって、それを押(お)しつけて、坂の口をふさいでおしまいになりました。
 女神は、その岩にさえぎられて、それより先へは一足も踏(ふ)み出すことができないものですから、恨(うら)めしそうに岩をにらみつけながら、
「わが夫の神よ、それではこのしかえしに、日本じゅうの人を一日に千人ずつ絞(し)め殺してゆきますから、そう思っていらっしゃいまし」とおっしゃいました。神は、
「わが妻の神よ、おまえがそんなひどいことをするなら、わしは日本じゅうに一日に千五百人の子供を生ませるから、いっこうかまわない」とおっしゃって、そのまま、どんどんこちらへお帰りになりました。
 神は、
「ああ、きたないところへ行った。急いでからだを洗ってけがれを払(はら)おう」とおっしゃって、日向(ひゅうが)の国の阿波岐原(あわきはら)というところへお出かけになりました。
 そこにはきれいな川が流れていました。
 神はその川の岸へつえをお投げすてになり、それからお帯やお下ばかまや、お上衣(うわぎ)や、お冠(かんむり)や、右左のお腕(うで)にはまった腕輪(うでわ)などを、すっかりお取りはずしになりました。そうすると、それだけの物を一つ一つお取りになるたんびに、ひょいひょいと一人ずつ、すべてで十二人の神さまがお生まれになりました
 神は、川の流れをご覧になりながら、

  上(かみ)の瀬(せ)は瀬が早い、
  下(しも)の瀬は瀬が弱い。

とおっしゃって、ちょうどいいころあいの、中ほどの瀬におおりになり、水をかぶって、おからだじゅうをお洗いになりました。すると、おからだについたけがれのために、二人の禍(わざわい)の神が生まれました。それで伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、その神がつくりだす禍をおとりになるために、こんどは三人のよい神さまをお生みになりました。
 それから水の底へもぐって、おからだをお清めになるときに、また二人の神さまがお生まれになり、そのつぎに、水の中にこごんでお洗いになるときにもお二人、それから水の上へ出ておすすぎになるときにもお二人の神さまがお生まれになりました。そしてしまいに、左の目をお洗いになると、それといっしょに、それはそれは美しい、貴(とうと)い女神(めがみ)がお生まれになりました。
 伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、この女神さまに天照大神(あまてらすおおかみ)というお名前をおつけになりました。そのつぎに右のお目をお洗いになりますと、月読命つきよみのみこと)という神さまがお生まれになり、いちばんしまいにお鼻をお洗いになるときに、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)という神さまがお生まれになりました。

例によって現代語訳で申し訳ないが、ケガレとミソギが分かる箇所を引用してみた。わざとらしい太字は私によるもので、原文にはない。

 それにしてもひどい話だ。自分で勝手に会いに行った挙句、その姿が異形のものになっていたら一目散に逃げ出し、「あーきたなかった」とか最悪の神様だな。まぁ、そんな事はどうでもよく、重要なのはここにケガレとミソギに関する重要な情報が含まれている事だ。

 まず重要なことは「イザナギはイナザミ(死体)に触れていない」という事だ。妻を抱き上げて見たら「うわ、ウジがついてる!ばっちぃ」と驚いたのなら触れたといってもいいが、実際は「ただ見ただけ」である。その後の悪鬼たち(妖怪?)の追跡も振り切っているので全く黄泉の国の者には触れていないはずなのだ。しかし、帰って来たイザナギにはケガレがついていたのである。これは、イザナミによってもたらされた物というより、むしろイザナギ自身が作ってしまった物と言った方がよいのではないか?

 次に、イザナギの「一日に千五百人の子供を生ませる」。今回引用させていただいた鈴木三重吉さんの話にはなかったが、他の古事記現代語訳には「産屋」という単語が出てくる。これらはあきらかに出産を肯定しているように見える。善悪の区別のある聖書的な価値観ならば、悪の側のイザナミが「ほっほっほ。あなたがた人間は出産というけがらわしい方法でしか新しい命を産めないようしてあげましょう」とイザナミ側が言うのならわかる。それならば「出産=ケガレ」になるだろう。しかし、実際はイザナギが言ったのだ。その後の描写で全身を水の中で暴れるように洗っている超潔癖症イザナギがはたしてそんなケガレを実行するだろうか?むしろこれはそのまんま「お前が殺すなら私が生かす」という意味で、精神分析的に言うならばリビドー(性欲=生への意思)の側の人間神と言った方がいい。

 最後に、ミソギを実行する対象は死者であるイザナミではなく、生きているイザナギの方である事。ミソギが浄化であるならば、なぜ黄泉の国にいるイザナミをミソギすれば元に戻ると考えなかったのだろうか?

 記事がムダに長くなる事を怖れずに書くならば、それぞれの疑問は以下のように解ける。

 まず、ケガレはどのようにもたらされたかだが、これはもちろん「イザナギが作り出したもの」。ケガレとは「気+枯れる」なので、まさに生きる気力が枯れてしまう事だ。そしてこれは「怪我する」と同義だ。だから「ケガレて死ぬ」とは「怪我して死ぬ」事と同じである。ケというのは日常の生きるために必要な力である。これを体内に蓄える。しかし、この体内のケが「ケガ」によって垂れ流されてしまう。つまりケガしてやがて枯れてしまう。イザナギは全力で走ったので全身ボロボロでケガしてしまったのだ。

 次に、出産は「ハレの日」の祭りごとだ。ハレのイメージカラーは紅白、これは赤不浄、白不浄と同じ色合いだが、なぜめでたいのか?それは出産というのが、女性の体内から「子供という獲物」を民族みんなで協力して「ハントする」からだ。そしてそのハントした「獲物」は自分たちの仲間の「輪」に入る存在である。だからハッピーな祭りなのだ。初潮の時に赤飯を炊くのもハレの祭りだが、赤飯の起源の赤米は弥生時代から存在するらしい。古代の日本人は女性の出血が生理現象だとは分からず、それを怪我だと捉えたのではないか?なにやら苦しそうだ――女性は怪我しやすい→女性はケガレやすい。そのため血の色と同じ色の米を食べさせ、体内から流れ出るケが枯れるのを防ごうとさせたのではないか。

 最後にミソギは「水(み)で削(そ)ぐ」ではなく、「身(み)を削(そ)ぐ」。このブログで散々引用している井沢元彦さんの「他人の使った茶碗」は茶碗自体が固形物で決して削いだりできないため、笥枯れが起きる。古代の笥である土器は紙コップみたく使い捨てが基本。血がついたり他人が使ったものは割って、新しい物を補充するという生産技術を自前で持っていた。大陸文化輸入した後の茶碗やお椀は高級品だからカンタンに割れなくなった。つまり、個人用の食器は大切にしなければならず、笥枯れが起きやすくなった。イザナギが服を脱いだだけで神があらわれるのはそれが身の一部だから。垢や汚れといった老廃物も体の一部と考えられていた古代は水で身を削いで新しい自分に「生まれ変わる」事でケガレから逃れようとした。目や鼻から高貴な神が生まれたのは、その部分がイザナミを直接認識した事で一番気枯れていたが、水でリフレッシュする事ができたからそこが別人のようになった。食が枯れた場合は体内の脂肪をエネルギーにして生きながらえることができる。デブい身を削いで食枯れを凌ぐのだ。つまりミソギとは身を持っている者が生きているうちに出来る「生まれ変わり」であり、身の無い存在や不変の存在には使えないのだ。え?女性の生理現象はどうやってミソギするのかって?ボクチン子供だから分かりまチェン。

 さて、このように見れば古代日本人は決して差別意識があったわけではない事が分かる。例えば女性を産屋に隔離したのも、本当は隔離ではなく、怪我をした女性を病院のベッドのような安静な場所に置いておくという発想だったのではないか?神社に立ち入りを禁じたのも、そんな怪我をして今にも死に掛けている女性を神社という危険な場所に連れて行くわけにはいかなかったからではないか?……もちろん、この意見に納得が行かない方も多いだろう。例えば、「じゃあさ、神様がケガを治してくれればいいじゃん、そういうご利益あるでしょ?」みたいな意見だ。私はこれに反論したい。これはただいまの「合格祈願」とか「縁結び」の神といった現代的な神のイメージで語っているにすぎない。古代の神は決して人間風情の声に耳を傾けるような大人しい存在ではなかった。いや、そもそも古代の人はそれを「神」として認識していたのだろうか?我々はもう一度思い出さなければいけない。そこには何が祀られていたのかを。

つづく