古事記と日本書紀、2つのメイドインジャパン

 古事記日本書紀はどちらも神話の時代から古代の天皇までの歴史を記したものである。庶民の話はほとんどなく、朝廷側が自らの出自について語ったものと見たほうがよいだろう。この二つは基本的に同じ事件を記しているが、細部が異なる。例えば、古事記においてイザナミは「死ぬ」が、日本書紀では「死なない」。またこれと関連して、古事記には黄泉の国が「存在する」が、日本書紀には「存在しない」。
 
 日本書紀は中国の三教の一つの「道教」の影響が見られる。道教とは中国の民間宗教であり、政治家たちの信仰であった儒教とは対になる思想だ。仙人、陰陽、風水、キョンシーなど映画やマンガなどに登場するステレオタイプな中国文化は大抵道教の影響下にあったりする。そして、道教において陰と陽は互いに相関しあう関係であり、どちらか一方が欠けてはいけない。だから日本書紀では陰であるイザナミと陽であるイザナギはともに共存する必要があるわけだ。

 ふむ、道教が日本にやって来たのだな、と思ってしまいそうだが、日本における道教の影響は儒教以上に低く、せいぜい陰陽師みたいな怪しげな人物が使っているだけで、あんまり見かけない。つまり日本書紀とは「中国人に見せるための歴史書」であり、彼らに見せるために「外国人の価値観」に基づいて編纂されたものというわけだ。もしも日本人の価値観に道教がなじんでいたのなら成立の古い古事記なんて捨ててしまって、日本書紀一つで充分ではないか。

 では、古事記こそ古きよき日本のメンタリティを表した物なのだな、と思ってしまいそうだが、古事記は稲作民族の朝廷が作った物である。つまり本来ならば古代の縄文人から続く日本人のメンタリティなんてそこには残っていないのが普通だ。

 うーむ、では資料として古事記の価値はないのだろうか?実は古事記には古代日本成立を連想させるヒントがあるのだ。それは、古事記には朝廷の長である帝の血縁とは関係ない話が多すぎる事だ。血縁とは関係ない神を登場させる必要性はなんだったのか?実はこの事こそ日本がどのようにして国になっていったかを現す資料になりうるのだと考える。

 古事記がどのように成立したのかというと、太安万侶(おおのやすまろ)という人物が、やたら記憶力のいい稗田阿礼(ひえだのあれ)が覚えた「帝紀」と「旧辞」の二つを資料を基に作ったものだ。帝紀は代々の天皇の話が書かれていただろうと言われ、旧辞は古の伝説などが主に語られているらしい。とすれば日本神話も足し算によって作られたものであり、古事記からこの帝紀の内容を引いたものこそ古代の伝承を伝える内容なのだ。

 そう、日本神話とは多民族の神話を一つにまとめたものなのだ。日本は元々北方出身の(と言われる)狩猟民族、南方の出身の(と言われる)採取民族、さらには大陸文化を受け入れた稲作民族が作っていった「倭」という多民族国家なのだ。神々がたくさんいるのはそれぞれの民族が信仰していた神を共通の神話に押し込めたからに他ならない。つまり「和の思想」によって神々も手をつなぎ共通の話の登場人物にしたのだ。古代において日本がとった国を治める方法とは「神話」にあり、武力ではなく宗教による支配を行ったのだ。武力で統率したのなら、古の神など無視してもよい。自分たちの神を相手に押し付ければよいのだ。

古事記:日本の内側に見せる朝廷の歴史
日本書紀:日本の外側に見せる朝廷の歴史

 日本神話において活躍する神とは倭のとある民族において信仰の深かった神である。そしてそんな「あなたがたの好きな神よりもっと上位の神がいますよ」という宣伝をこの神話に込めた。高天原の存在と、それを治めるアマテラスの事だ。日本神話においてツクヨミが活躍しないのは、ツクヨミはアマテラスの神格を上げるために創作された神にすぎず、月を信仰する民族は倭にはいなかったため具体的な活躍が描けなかったのだ。

 帝とは関係ない神の代表格こそ「国津神」だ。これらはアマテラスをはじめとする「天津神」とは区別される。国津神の代表としては「大国主オオクニヌシ)」が挙げられる。このオオクニヌシは全国に神社があり、とても規模の大きい信仰を持っているらしい。このオオクニヌシ信仰をアマテラス信仰に取り込む事こそ古事記(朝廷)の目的であり、日本の歴史は思想と思想のぶつかり合い――宗教戦争から始まったのだ。

つづく