縄文顔、弥生顔という分類は正しいか?

 縄文人弥生人という分類がある。ご存知、これは縄文時代の地層から発掘された人骨と弥生時代の地層から発掘された人骨に大きな差異がある事から、2つの時代では全く異なる人種が日本にいたという考えである。

参考1:顔の変遷

 そして、「それとは別に」遺伝子研究の発達によって「琉球人(沖縄人)」と北海道にいる少数民族アイヌ人」は近い遺伝子を持っている事が分かった。一方でその間に存在する日本人はその遺伝子情報から遠い。日本列島の北と南にいる民族には同じ遺伝子があるが、その間にいる日本人にはない。これを受けて、次のような学説が生まれた。

 日本列島には「縄文人」なる原始日本人がいた。彼らは大陸が変動し分断される前に列島に取り残されてしまった人達で、文明から切り離され、原始人のような狩猟生活に頼った生き方をしていた。彼らは時代から取り残された遅れた生活を送っていたが、人々は穏やかでのほほんとしていた。ある時、大陸のどこか分からないが中国の北側あたりから「渡来人」という大陸から渡ってきた野蛮人が縄文人の住む本州や九州などに渡ってきた。渡来人は進んだ文明を持っていたので、あっという間に縄文人は駆逐され、女はレイプされ、男は殺されるかド田舎に追放された。今現在の日本人とはこの渡来人たちの子孫である「弥生人」がほとんどを占めており、白人文化にも通じる美しき縄文文化が失われたのも、後の時代に従軍慰安婦のような蛮行を行ったのも全ては日本人に野蛮人の血が流れているからである。完。

 ……もちろん、日本人としてはこんな事を言われて終わるわけにはいかないが、見ての通り日本人をだいぶバカにした説である。これを見たら縄文人とはただの知恵遅れにしか見えないし、弥生人は卑劣なやつらという印象しか持たない。こんな説は「誰が得するの?」状態で、少なくとも日本人は得をしないわけだが、その日本人自体がこの説を元に以下のような「顔分類」を始めてしまったのである。

参考2:縄文顔と弥生顔

 「弥生顔はなめらかだが縄文顔は凸凹している」とか、「縄文顔は歯が小さくしゅっとしているが、弥生顔は歯がでかく出っ歯である」みたいな色々な事が書かれているが、要するに本州の顔と沖縄・アイヌの顔を比較しているだけである。たしかに、凸凹な顔が鬼のイメージ、なめらかな顔はヒーローの顔になった。これは日本の原始宗教が和の思想でできており、尖ったと同じ語源の「とが」が罪を意味し、咎めるというに人から責められる言葉になったように、丸くない物、鋭いものはよくないものとする文化が日本にあったというのは事実である。飛鳥時代以降も積極的に渡来系の人と混血しているのも、まさに大陸人の顔が日本人の理想である「丸顔」だったからに他ならない。

参考3:http://event.yomiuri.co.jp/2005/jomon_vs_yayoi/index.htm

 それを踏まえるとこれには失笑してしまう。参考2と同じく国立科学博物館が監修した催しのはずだが、見ての通り縄文顔が全然凸凹ではない。ものすごくバイアスのかかった分類である。ぱっと見た印象では、キツイ性格になった仲間由紀恵と丸くなった千原ジュニアみたいなイメージで「沖縄!」と「大阪(笑)」みたいなイメージを呼び起こすためのモデルさんなんだろう。そして、一番の笑いどころはどちらも日本人に見えないところだろう。衣装を私服にさせて「中国!」VS「韓国(笑)」と題されたら信じてしまいそうである。

参考4:琉球人 - ウィキ・リヒト - アットウィキ

 参考4はwiki形式の人種分類を行っているサイトである。遺伝子から解析して分類しているわけではなく、見た目の主観で分類しているだけなので、正直信憑性には欠けるが、執筆している人が冷静に分類している(ように見える)ので引用させていただいた。私は以前から仲間由紀恵は中国の美人画に出てきてもおかしくなさそうだなと思っていたが、こちらのサイトによるとやはり中国人の顔の特徴を持っているらしい。驚くのは上戸彩山田優も中国人と似た顔つきらしい。これは沖縄の文化、風土から見てありうる事ともいえる。

 今現在沖縄は基地問題などで米軍と緊張関係にあるとニュースで報じられている。私は沖縄へ行った事がないのでそれが本当なのかどうかは分からないが、一方で沖縄にはそんなアメリカ人とのハーフやクォーターがいる。例えば、トヨタのCMなどで見かける満島ひかりはフランス系アメリカ人の祖父を持つクォーターらしい。政治的には対立が起こっているが、血統としてはむしろ混血が進んでいる。過去においても文化的なつながりがあった本土日本人や中国人との混血があっても何ら不思議ではない。

 だからこれだけ混血の可能性があると、おめめパッチリの二重が縄文人の特徴というのも本当かどうか怪しいものがある。縄文人自体は一重で別の外国人の遺伝子が二重だったという可能性を否定できない。なぜならば人骨を見ただけでは一重か二重かなんて事は分からないからだ。もう一度参考1を見て欲しいが、縄文人の人骨と弥生人の人骨を直接比較した場合、その差異が目立つ。しかし、この間に古墳時代を入れて、縄文→古墳→弥生と見ていただきたい。目の位置だとか、頬骨やアゴの位置までおそらくキレイに流れるのではないだろうか。これは古墳時代の人々が縄文人弥生人の混血児であった可能性を示し、縄文人古墳時代が地続きである可能性を意味する。

参考5:弥生人骨の偏在性/北西部九州の弥生人骨の縄文性・骨考古学と身体史観 ( 人類学と考古学 ) - 民族学伝承ひろいあげ辞典 - Yahoo!ブログ

ただ、九州と同じように発掘に熱心な近畿地方弥生人骨の少なさはやはり特筆すべきもので、あれほど熱心に掘り返しても、なかなか出てこないことを示している。それはなぜだろうか?

第一には弥生時代に近畿では、まだ半数以上が縄文時代の人が圧倒しており、そもそも渡来系弥生人の進入が少ないこと。

第二に、近畿の土壌の腐食率である。

腐食しやすい土壌ゆえに、古墳時代には石棺による密封が近畿でいち早く始まったと考えることも可能であろう。

「同じ九州でも、西北部九州の「弥生人」骨は、まるで「縄文人もどき」。縄文人骨と共通する特徴が多く報告されている」片山一道『骨考古学と身体史観』

(中略)

南九州弥生人は貌は縄文的だが、異常に背が低く(男154センチ)、北部弥生人とはあきらかに違う。後頭部は絶壁で、どちらかというと今の琉球人に似る。

参考6:http://homepage1.nifty.com/moritake/syakai/rekisi/toroiseki.htm


Q1.縄文人弥生人の寿命はどちらが長いですか?
A1.弥生人は40才くらいと考えられている。

縄文人の場合は、30才くらいと考えられている。これは、貝塚から発掘される骨から確定できる。しかし、弥生時代の人骨は発掘されることは大変少ない。弥生人の骨は土に帰ってしまっている。

縄文人は、貝塚の近くに骨を埋葬した。カルシウム分の多い土に埋葬された骨は、土に帰らず残った。一方、弥生時代は稲作であった。貝塚のようにカルシウム分の多い土には埋葬されなかったので、弥生人の骨は土に帰ってしまった

 引用ばかりで申し訳ないが、今はこうしてネットで調べる事ができる時代である。そして「弥生人の人骨はそもそも少ない」という事も分かる。これが何も意味するのかといえばつまり、博物館にあるような弥生人の人骨は弥生時代の日本人の人骨であるかどうかは分からない。極端な話、日本に観光旅行に着ただけの外国人が日本で死んで丁重に埋葬されただけの骨かもしれないのだ。また、ネット上では日本人に見られる出っ歯は渡来系弥生人の形質とか言われているが、ではその渡来系の可能性が高い北方モンゴロイドであるモンゴル人は出っ歯なのだろうか?

参考7:歯の絵本

 ご覧の通り、キレイな歯並びである。これは都市部のモンゴル人ではなく、遊牧民の人の歯らしい。むしろ都市部の子供の方が虫歯で歯がなくなっているらしい。硬いものも歯でちぎって食べなければならないのだから、丈夫な歯でなければならず、歯並びが悪いというのは考えられない。仮に歯医者さんのサイトだからキレイな画像だけを集めたと考えたとしても、日本人が歯並びが悪くなるのは遺伝子のせいではない事が分かる。

参考8:おしゃぶりは、出っ歯になる?! - 歯のトリビア|歯とお口の健康ガイド|歯医者さんネット

 当然だが、歯は後天的な要素で変わる事がある。アメリカ人が矯正器具を使って歯並びをきれいにするように、外側から力を加える事によっていくらでも変化するのである。出っ歯芸人として有名な明石家さんまも自身が出っ歯である理由を「赤ん坊の頃から要求が多く親がうるさいからという理由でおしゃぶりさせてた。未だに口寂しいからタバコもすってまう(うろおぼえ)」とか「俺とか久本とか出っ歯はおしゃべり好きっていうからな(うろおぼえ)」と外側から圧力と日本語に原因を求めたが、一方で「親が出っ歯やからや」みたいな事は一言も言っていないのである。日本人の歯の変化は米に原因があったのか、あるいは箸や皿の使いに問題があったのかは分からないが、食生活の変化によるものであろう。

 さて、長々と引用までして語らせてもらったが、私が言いたい事はひとつで「弥生人は渡来系ではない」という事である。そもそも縄文人は海を渡れなかったのだろうか?沖縄人は島に取り残され、近親相姦しながら王国を作っていたのだろうか?あんなに暑くて海もきれいなのに、海へ向かうという発想をしなかったのだろうか?

参考9:消されたケネウイックマンの謎 - 原野の言霊

 「ケネウイックマン」という人骨がアメリカで見つかった。これは「アイヌ人」の人骨に近いらしい。遥か遠いアメリカ大陸に縄文人と言われてる民族の骨が見つかったのである。もちろん、これだけでは「古代は大陸が地続きだったからその時はかなり広い範囲に縄文人がいたんだ」と片付ける事もできよう。「人骨だけ」ではそういう考えもできる。では、われわれの身近で、それも海を越えた意外な場所で縄文の文化が見つかったらそれは何を意味するだろうか。たとえば、「朝鮮半島縄文土器」が見つかったらどうだろうか?

参考10:http://www.bell.jp/pancho/travel/korea-7/history.htm

新石器時代になっても、両地域の人々の間では何らかの交流が行われていたことは疑いようがない。その証拠はある。対馬縄文時代の遺跡からはごく微量であるが、半島の櫛目文土器が出土している。一方、釜山の東三洞遺跡からは、櫛目文土器に混じって九州の縄文土器も量は少ないが出土し、また西北九州産の黒曜石およびその製品である石鏃が見つかっている。

 そう、我々はもう考えを改めなければならない。縄文人は「大陸から分断され取り残された人々」ではない。「海を自由に行き来できる航海技術をもった大陸人」なのだ。

つづく