日本人の奇妙なルーツ

 人類の起源はアフリカにあるらしい。しかし、そんなに古くから人類がいたにも関わらずアフリカの歴史は世界史において語られる事はない。それはアフリカに文明がなく、遺跡調査や文献調査が全くできなかったからである。誤解しないでいただきたいのはアフリカ人はいつまでも原始人的な生活をしていたわけじゃなく、彼らなりの生きる知恵や信じている神様がいたという事である。そして、その地にとどまる者や新天地を求める者など色々な考えの持ち主が現れ、歴史を作っていたはずなのだ。こういった歴史のブラックボックスに挑むため、現代人は「発掘調査」とDNAなどを用いた「科学分析」という方法を編み出したのである。

 ここで注意していただきたいのは科学というものは使い方次第では宗教になってしまうという事である。私はこう見えてギリギリで理系に分類される人間なので、学会での発表経験もあったりする。そんな私がこんな事を言うのも何だが、学説というものはあまり信用してはいけない。論文や発表というものは「私はこんなものに興味があります」という「自己紹介」に過ぎず、それをきっかけに共同研究やアドバイスをしてもらう事を狙いとしているのである。つまり、まだ答えの見つかっていない「研究段階にあるもの」と、既に誰が見ても明確に正解であると言える「理論」は区別した方がいいのである。

 確かに科学的に得られたデータというのはほとんどの場合において「正しい」事が多い。これは巷に出回っているゲーム脳や血液型性格診断などでも実はデータ自体は正しい場合が多いのである。*1では何故疑似科学ができてしまうのかと言えば、「結論の導き方がおかしいから」である。データ自体が正しくでも、実験方法が明らかに変だったり、別のデータと比べるとムジュンが生じるにも関わらず早めに結論を出すと大抵の場合間違いが起きるのである。最悪の場合、研究者が自分の言いたい事に対して不都合な事実を隠蔽して、気づかなかったフリをするという手もあるのだ。

 そして論文誌に載るものには査読という同じ分野の研究者による編集やチェックみたいなのが入るわけだが、これも注意が必要である。なぜならば査読者も機械ではなく人間なので、当然の如く間違えるからだ。極端な話、イケメンが多い学会では、「イケメンのチ○コは美しい。キモメンのはグロい」みたいな論文を発表し、キモメンが多い学会では「イケメンは精子が少なく男として終わってる。キモメンの方が精子の量が多く男らしい」みたいに自分達が得をするような研究はそのまんま通す可能性もある。人間である以上、すべてが理屈ではなく、感情が絡む事だってあるのだ。

シャーロック・ホームズ - Wikipedia

シャーロック・ホームズはよくアブダクションを使う。徹底した現場観察によって得た手掛かりを、過去の犯罪事例に関する膨大な知識、物的証拠に関する化学的知見、犯罪界の事情通から得た情報などと照らし合わせて分析し、事件現場で何が起きたかを推測する。しばしば消去法を用い、「不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる」(When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth.)と述べている。

 ホームズは実在したら優秀な学者になってくれただろうが、彼が言っている事は単純な話で「推理に情を絡めるな」という事だ。「こいつが犯人だ」とか「この人が犯人なわけがない」と「結論ありき」で決め付けていたら正解が出るわけがない。一つ一つこれは確かだろうというものを組み合わせていけば、結論がどんなに自分達に不利益になるものであってもそれが真実に近いという事である。

 世の中には「学者さんが言っている事なんだから確かな事なんだろう」と思考停止してしまう人も多いが、ぶっちゃけおかしいと思ったらツッコんでいいのである。少なくとも学会にいる人達はそうしている。ちゃんとした研究をしているのなら質問に対して堂々と答えられるし、仮に想定外の質問でも自分の研究に足りない視点だったのだから「ありがとうございます」と真摯に受け止められるはずなのである。「私の言っている事は正しい!」と聞く耳を持たず、お前ら愚民は論文という名の聖書を読んでいればいいんだという態度のヤツはそれだけで疑似科学教の教祖であると考えてもいいのである。

 長い前置きはさておき、本題に入ろう。

あなたは縄文系?弥生系? 日本人ルーツの研究に新手法 ミトコンドリアDNAから構成比 (1/2ページ) - MSN産経ニュース

母親から子供にそのまま受け継がれる遺伝子「ミトコンドリア(mt)DNA」の型の分布から、母方のルーツが「縄文系」の人と「弥生(渡来)系」の人の構成比を求める計算式を、住斉(すみ・ひとし)・筑波大名誉教授(生物物理学)が考案した。7地域、約3000人を対象にしたデータによると、首都圏では弥生系が約7割と多数派で、東北や南九州など縄文社会が発達した地域では縄文系が7〜6割と多かった。11月の日本人類学会大会で発表する。日本人の成り立ちを探る新たな方法として注目されそうだ。

 「日本人」は、大陸から北部九州を窓口に渡来した弥生人が、先住縄文人の子孫と混血しながら全国に拡散、形成されたと考えられている。顔つきなど遺伝的特徴の地域差は、拡散や混血の度合いの違いによるとされ、その解明は人類学の大きなテーマだ。

 各地域集団の計算結果は表の通り。日本人の平均的集団と考えられる首都圏の弥生人の比率(71%)で、別の調査の歯の形態から割り出された現代関東人での弥生系の比率(75%)とほぼ同じだった。

 逆に、縄文系の比率が高かったのが東北や南九州で、三内丸山(青森県)や上野原(鹿児島県)などの大規模遺跡に象徴される縄文社会の発達を改めて裏付けた。のちの時代、大和王権(朝廷)に抵抗した東北と南九州も縄文的な容姿や文化を色濃く持っていたとされているが、今回の調査でその遺伝子が現代まで濃厚に残っていることが裏付けられた。現代人にも縄文系の特徴が色濃く残るとされる沖縄は、遺伝子解析でも縄文系の割合が最高だった。

 縄文系が約半数だった北九州は、弥生人流入の中心地の一つだけに意外な数字だが、母方のルーツでみた数字であり、「渡来した弥生人は男性中心で、先住の縄文人女性との間に子孫を残した」と考える説と矛盾しない。

(2008.8.4 産経ニュース「あなたは縄文系?弥生系? 日本人ルーツの研究に新手法 ミトコンドリアDNAから構成比」より引用

 元々の記事が消えていたので、キャッシュされたものを引用させていただいた。図についてはこことかこことかここに引用されているのでそれを参照していただきたい。念のため図表のデータを数値化しておこう。

母方のルーツでみる各地域集団の縄文系と弥生系の割合
東北(336人)
首都圏(373人)
飛騨(156人)
美濃(1617人)
北九州(256人)
宮崎(200人)
沖縄(326人)

※母方のルーツが弥生人
東北 25%
首都圏 71%
飛騨 31%
美濃 60%
北九州 48%
宮崎 36%
沖縄 4%

※母方のルーツが縄文人
東北 75%
首都圏 29%
飛騨 69%
美濃 40%
北九州 52%
宮崎 64%
沖縄 96%

 遠慮なくツッコませていただくと、まず、縄文と弥生をDNAで分けているが、この定義は何なのか知りたい。縄文に関してはアイヌや沖縄系と考える事もできるが、弥生系とは何か?中国系なのか朝鮮系なのかモンゴル系なのかあるいは縄文以外の全ての系統を弥生といっているのか。仮に渡来系だとしてもそれらは全て弥生時代に決定され、その後の飛鳥時代奈良時代平安時代はあんなに中国へ留学に行ってたのに一切混血がなかったのだろうか?

 もっとも、この大学教授は歴史学ではなく、生物学の先生なので、そんな歴史的な定義はどうでもよく、日本には大きく2系統のタイプがあるという事が言いたかったのだろう。では早速「このデータから何が読み取れるか」を調べてみよう。

縄文系が約半数だった北九州は、弥生人流入の中心地の一つだけに意外な数字だが、母方のルーツでみた数字であり、「渡来した弥生人は男性中心で、先住の縄文人女性との間に子孫を残した」と考える説と矛盾しない。

 この考察を書いたのが教授なのか産経なのか*2わからないが、ミスリードを誘う内容だ。これだと「弥生人が男ばかりで、女が少なかった」という誤解を生みかねない。これが誤りである事は他でもなく図表と研究内容を見れば分かる。

 私は生物を専攻していなかったので、専門外だけに間違った理解だったら申し訳ないが、私のDNAに関する理解は次の通りである。

【父親の染色体22本と性染色体1本(Y or X) + 母親の染色体22本と性染色体1本(X) 】 + 数百個のミトコンドリア

 我々を構成する細胞にはDNAが含まれていて、そのうち父親と母親から半分ずつ遺伝情報をもらった核DNAがある。これは一言で言えば「名前」の事で一人一人違うものを持っている。例えば、

ゴテンクス

などである。核DNAは人の設計図なので、細胞はこのDNAを見て「性格」「髪の色」「戦闘力(!?)」などを形にする。そしてこの核DNAを元に一世代前の親は簡単に調べられる。例えば親子鑑定をする場合親の1/2と怪しいと思う人物のDNAの遺伝情報から残りの1/2を探せばいい。だが、これが数世代前になると話がややこしくなる。

超亀ベジ人セリリ号

例としては適当ではないが、このような名前の場合、「超亀仙人8号」と比較して親子関係だとはわかっても、遠い祖先である「孫悟空」の子孫かどうかは分からないのである。そこで遠い祖先の血を引いているか調べるのにミトコンドリアDNAを調べるという方法がある。細胞の中には核のほかにミトコンドリアDNAと呼ばれるなんか働き者なDNAが数百個あるらしい。そしてこれは「遺伝」に関して言えば

鈴木

みたいな苗字を表す。父方のミトコンドリアDNAは精子卵子まで運ぶが何故か卵子の中に入った途端分解されて消えてなくなってしまうらしい。だから受け継ぐのは母方と決まっている。我々の日常では苗字は父系が基本だが、ミトコンドリアDNAは母系である。これは余計な合体をしないので母親のものがそのまま子供に受け継がれる。*3

ミトコンドリア・イブ - Wikipedia

 この苗字を辿っていけば少なくとも母親の母親の母親の……母親といった母系のルーツは探せるのである。そして、今回の研究はこの母親の〜を調べた結果なのである。注意しなければならないのは、ミトコンドリアDNAでは自分が何者かはわからない。

 話を分かりやすくするため極端な話をするが、あなたが日本人の女性でスウェーデン人の男性を婿さんにもらうとする。すると当然ハーフのかわいい娘ができる。この娘はあなたと同じミトコンドリアDNAを受け継ぐ。そしてその娘がまたスウェーデン人と結婚する。そして娘ができたとするとあなたと同じミトコンドリアDNAを彼女も受け継ぐ。こうして娘の娘の娘の……を繰り返してある時、99%スウェーデン1%日本の金髪碧眼の美少年か美少女が生まれたとしよう。でも彼(彼女)は完全に日本人の形質を持っていないのに、ミトコンドリアDNAは日本人である事をさしている。その時代に日本人が絶滅していたとして、「やっぱりそうだったのか……日本人は白人だったんだよー!!」「な、なんだってー!!」とかやってたら完全にギャグである。

 話が途中からネタになってしまったが、ミトコンドリアDNAによる研究はこういう事である。遠いお母さんを調べたところで、それが自分を形作っているわけではない。あなたの父親がアイヌ人だったとしても母親が弥生系のミトコンドリアDNAを持っていたらあなたは弥生系になってしまうし、逆に3/4が弥生系の遺伝子を持っていてもミトコンドリアDNAは縄文の母を指すというケースだってありうるのだ。上記の図は縄文人弥生人の分布を表したものではなく、縄文系の嫁さんをもらっている地域と、弥生系の嫁さんをもらっている地域の差でしかない。沖縄は弥生人の女性と出会わなかったから、縄文系の嫁さんをもらってた。それだけである。

 で、ツッコミを再開させていただくが、まず北九州の分布を「渡来した弥生人は男性中心で、先住の縄文人女性との間に子孫を残した」と考えるのはおかしい。レイプだろうが、和姦だろうが、縄文人の女性から生まれる子供は縄文系になるわけで北九州は縄文99%弥生1%でないといけない。ところが実際は弥生48%と原住民と同じくらい弥生系のミトコンドリアDNAが増えているのである。もし渡来人に女性が少数だったのなら一体何人の娘を産めばこの割合になるのだろうか?

 女性を「産む機械」ではなく人間として考えればなお疑問が残る。見知らぬ土地へ突然つれて来られて、夫は仕事と女遊び。今ほど医療技術も無かっただろうからお腹の子供も死産するリスクも高く、周りに同族の女がいないのだから、育児の相談もできず、一人黙々と子供を産んでは育て産んでは育て――こんな事ありうるだろうか?出産の問題も考えれば謎は深まる。男の場合ただ単に種付けさえすれば子孫は増える。一方女性は一人作るのに早くとも1年近くはかかる。その間、別の子供は産めない。もし原住民の縄文人の愛人が10人で渡来系の女がたった一人だったとすると、年子で産むとしても毎年9人の子供の差が出るわけである。しかも女の子が生まれる確率は単純に考えても1/2。よほど弥生女児をたくさん産まないと縄文系の割合を超えられないのである。

 美濃のデータもおかしいという事に気づく。もし、弥生男が「九州の女は食い飽きたぜ」とか言って男だけで本州を目指したのなら、本州も縄文系のミトコンドリアDNAが大多数でないとおかしい。ところが実際は60%も弥生系になっている。半分以上も弥生系である。弥生1世だろうが、2世だろうが、あるいはどんな混血をしようが男のミトコンドリアDNAは受け継がれない。本州に弥生系が多いのはむしろ「大勢の弥生系の女」が向かったからと考えないと筋が通らない。

 首都圏のデータはどうか。こちらにいたっては美濃や北九州よりも遥かに高い71%。「弥生人縄文人の文化に入って縄文の純血が失われてしまった」と考えるとしたらそれは間違いである。これは白人が黒人と混血して白人ではなくなってしまうというような形質の違いではない。ミトコンドリアはそういう性質など持っていない。ここにおいても弥生人ミトコンドリアDNAが多いのは弥生の女がたくさん来たからである。それ以外に弥生人が発生するルートは無い。栄えた西の都から追いやられた武士やら貴族は原住民である縄文人と交わろうとしなかった。むしろ「嫌だー!!都会の女がいいー!」といって、西から弥生人の女を呼んだ。そしてその女との子供が首都圏にたくさん作られた。原住民に弥生系がいなかったのなら、そう考えないと辻褄が合わない。

 全体的に見て、「渡来人が荒くれ者の男ばかりだった」というのはありえない話であり、むしろ男や原住民の女性を上回るほどの「大多数の女性がやってきた」と考えないとデータとの整合性が取れない。つまり、この結果から見なければならないのは「渡来人の男の動き」ではない。そんなものは分からない。むしろ不自然な「渡来人の女性の動き」である。図表の分布から見て、北海道や沖縄から彼女達は来たわけではない。この図表における弥生人縄文人とDNA的に別人種と定義されており、縄文人が突然変異で弥生人になったわけではないとされているのだから、首都圏の縄文人弥生人になっていったわけでもなかろう。で、あるならば彼女達は大陸、「朝鮮半島」からやってきたと考えるしかない。

 我々は考えなければならない。なぜ「弥生人の女性は日本へ渡ってきたのか」。おそらく「大陸で何かがあった」からだろう。世界史を見るとその時、中国では戦国時代が始まっていた。つまり「争いから逃れてきた」可能性があるのだ。

 つづく

*1:我々は普段、マスコミの「やらせ」や「捏造」を見てしまっているので慣れっこになってしまっているが、これはマスコミが正確さよりも利便性や話題性を求めているからで、キチンとしていなくても面白かったらいいでしょ?という時間と共にすぐに消え去るメディアの価値観である。一方で論文などはその後ずっと残り続け、後世の学者なども参考にするものであるので、そのデータがウソであるなんて事は許されないのである。もし学会で捏造なんて事をしたら、共同研究やアドバイスどころか資金すら調達してもらう事が不可能になり、一言で言えばメシが食えなくなる。

*2:おそらく後者だろう

*3:ごくまれに突然変異を起こし、須々木みたいに改名する事もある。が、突然変異の法則性のパターンを理解して、変化の内容を調べ、定住している人々と比べれば「鈴木→須々木→佐々木という事がわかったぞー!」(DNAの説明であって、実際の苗字の由来の話じゃありません。)というようにミトコンドリアの変化の過程から先祖がどこからやってきたのかも遡れるらしい。