9時間目「もう一度生まれようこの場所で」

 日本で最も有名なゲームクリエイターといえば宮本茂(みやもとしげる)さんだろうな。かれは任天堂の代表作である「スーパーマリオ」や「ゼルダの伝説」の産みの親であり、またプロデューサーとしても「ポケモン」や「カービィ」をはじめとして多くのヒット作に関わっている。これはかれ自身のセンスがいいというのもあるが、それだけでなくちゃんとした「りくつ」を持ってていたからできることでもあるんだ。

 ゲームで自分の操作しているキャラが死んだとき、人は二つの反応を示す。ひとつは「もういいや」って思ってそこでおしまいになるケースで、もう一つは負けてももう一度やろうと思えるケースだ。そして「もう一度やろう」と思える場合はそのゲームにハマっている状態とも言える。だから、この疑問を解けば「面白いゲームが作れる」わけなんだ。宮本さんはせんぱいの横井軍平(よこいぐんぺい)さんとこの事について考えて、「再挑戦度(さいちょうせんど)」というりくつを見つけたんだ。

 具体的にはこうだ。プレイヤーは何らかの理由で「失敗」をしてしまう。この時に、

  • プレイヤーに「失敗した!」と思わせる。(失敗か成功か分からない演出ではダメ)
  • 失敗した場面でなぜ失敗したのか?という「原因がわかる」ようにする。(こうりゃく法が分からないのはダメ)
  • 失敗する前の場面からスタートさせて「再挑戦」させる。(全てをチャラにされて最初からになるのはダメ)
  • プレイヤーに「成功した!」と思わせる。(失敗か成功か分からない演出ではダメ)

これにもう一つ

  • 「先をみたい」という動機(これ以上遊んでも面白くはならないだろうと思わせたらダメ)

を追加する場合もある。つまりプレイヤーに「ここはこうすればよい」と思わせる要素が多いほど再挑戦度が高いゲームという事が言えるんだ。

 実は「スーパーマリオブラザーズ」というゲームに新しい要素は何一つ無い。例えば最初に歩いてきた敵キャラである「クリボー」に当たって死んでしまう事がよくネタにされるけど、これは敵のほうからこちらに向かってくるという「スペースインベーダー」の方法論なんだ。また、その敵をたおしたり、さけたりするジャンプというのはマリオのデビュー作である「ドンキーコング」、スターというアイテムを取って無敵になるというのはアイテムを取ってパワーアップする「パックマン」、敵をたおせなくてもとにかく生き残って最後のゴール地点まで進めばよいというのは「ゼビウス」――とスーパーマリオアーケードゲームのいいとこどりで出来ているんだ。

 誤解しないでほしいけど、先生はマリオがパクリということが言いたいわけじゃない。スーパーマリオは優れた点が一つある。それはコース(ステージ)の設計なんだ。

マリオ研究

A地点
まずA地点に注目して頂きたい。マリオに慣れ親しんだ人間から見れば、ごく当たり前の光景に見えるだろう。だが、実はここには罠がある。ブロックを壊すのは楽しい。だが……調子に乗ってブロックを壊しすぎると、上のコインブロックを叩く足場が無くなってしまう。少しゲームの操作に慣れれば簡単だが、初めてファミコンを遊ぶような人にはお手上げだ。“無闇やたらとブロックを壊したら駄目”ということをプレイヤーは自らの体験を通して学ぶわけだ。

B地点
B地点には、はじめての穴がある。ファミコンに慣れていない人にとっては、この程度の穴でも飛び越すのは至難だった。でも大丈夫。穴を飛び越せない人のために、穴を回避するルートが用意されている。ジャンプが苦手な人でも1面はクリアできるように工夫されているのだ。

C地点
今度の穴は、さっきのものよりも大きい。でも大丈夫。上から行けばもしジャンプに失敗しても垂直に落ちないかぎりは大丈夫だ。…しかも、よくよく見ると、上の部分と下の部分の幅は同じ。上のブロックからブロックに飛び移ることができれば、下から行っても大丈夫というわけだ。ただし、直前のブロックを壊しすぎると…。b地点に行くにはa地点を足場にしないといけないが、前後のブロックを壊すとa地点の足場がたった1マスになってしまう。一番最初の“無闇やたらとブロックを壊したら駄目”という経験がここで生きてくるわけだ。

(CrownArchive「1-1に施された初心者への配慮」より引用)

 マリオのコースは初めて見た人にとってはこうりゃく法が全く分からない。おそらく最初は多くの人が「失敗」をしてしまうだろう。しかし、失敗を通して「ここはこうすればいいんじゃないか?」と学んでいく事ができるようになっている。

 注目してほしいのはマリオが敵に当たったり、穴に落ちて「やられた」時の演出だ。この時、マリオは画面から消えてしまうが、画面自体は「やられた時のまま止まる」。一見すると製作者が「あなたは失敗しましたよ。ムフフ」とプレイヤーはずかしめるための演出に見えるかもしれないけど、冷静に考えてみれば自分が失敗した場面の「コースの形」だとか「敵の動き」だとかやられたシーンのその後が映されつづけるんだ。つまり、この数秒の間にプレイヤーは「ここはこうすればいいんじゃないか?」と考える事ができるんだ。

 そう、スーパーマリオはコースをたくみに設計することによって、プレイヤーのもっと先へ進みたいという気持ちを高めているんだ。プレイヤーは製作者からあたえられた試練に対して、失敗をくり返しながらやがて乗りこえて強くなっていく……これがスーパーマリオの面白さの秘密「再挑戦度」なんだ。

 なんだ?その顔は?さては信用してないな。でもなこの再挑戦度は今世の中に存在する半分くらいのゲームはこれで説明可能なんだ。マリオみたいな横スクロールアクションのゲームだけでなく、推理ものだとかシューティングゲームだとかれんあいゲームだとか。とにかく現在のゲームに通じる面白さを発見してしまっていたんだ。とは言っても本当はすべてのゲームには当てはまるわけではないんだ。なぜなら世の中には大きく分けて二つのゲームが存在するからだ。……おっと!もう時間か、おーし、今日はここまで!解散!