13時間目「そんな時代もあったねと」

 ドラゴンクエストは知らず知らずのうちに乱暴者の十字軍の時代をえがいていた。しかし、スタッフはその事をとっくにわかっていたようだ。ネット上ではゲームライター野安ゆきおさんによる次のような考察がある。

『1』と『2』は中世。
『3』は中世と近世の切り替え期。
『4』『5』『6』は、近世。

ドラゴンクエスト』の時代背景を考証すると、
上記のようになる。

シリーズが進むごとに、時代が進んでいく
というルールが、そこには存在しているようだ。

 面白いよな。特にルネサンスの時代である「3」の「ぼうけんの書=活版印刷」にはおどろかされた。ゲームのシステムと世界観がちゃんと合わさるように設計されていたんだな。こうして見るとドラゴンクエストは中世から近世へ移って行くゲームだという事がわかる。

 でもこれは不思議な話だ。なぜ時代を変えていく必要があったのだろう?上記の野安さんはこうも語っている。

中世のほうが、物語はシンプルにスタートできる。
「王様に命令されたから」という理由があるだけで、
冒険を始めることが可能だからだ。

(中略)

これが近世になると、
物語の始まりは、複雑にならざるを得ない。

一人一人が、それぞれ自分の意志で考えるからだ。
命令を受けただけで冒険に出てしまうと、
時代との整合性が取れない。

物語の作り手側の立場にたつならば、
主人公に、「冒険に出る理由」を与える必要が生まれる
ということだ。

 時代を進めると「けんとまほうのファンタジー」が終わってしまう。これはどう考えてもデメリットにしか見えないな。なのに時代は進められた。それはなぜか?……おそらく堀井さんは気づいてしまったんだ。こどもたちにこの暗黒期のゲームを遊ばせ続けるわけにはいかない。十字軍が存在する中世の戦国時代からぬけるため時代は進められたんだ。

堀井 「あのね、やっぱり『1』ってね。そういう意味じゃ容量もなかったし、初めてのロープレだってんで、かなりその、やりたかったことを落としてシンプルにしたんですよ。とにかく分かりやすくっていう。だから、ひとりパーティーだし」
(中略)
堀井 「で、『2』のときは、1人パーティーだったのを3人に増やしたわけですから、いきなり3人は辛いだろうと思ったんですよ。だからね、探していくっていうお話が出来たんですよ」
(中略)
浜村 「なるほどね。あの〜、シナリオもね、物語も『ドラゴンクエスト』の非常に大きな魅力なんですけども、取材のとき聞いたんですけども、『7』なんかもう、(シナリオのファイルを)積むと1メートルくらいになるとかって話もあったじゃないですか」
堀井 「あれはね。はっきり言って多すぎましたよね。16000ページくらいあったの、実は」
浜村 「16000ページ!」
堀井 「A4にして。ま、当然そこまでいくとボクひとりでは書いてませんけど、スタッフ使って」
浜村 「ちなみに、『ドラクエ1』ってどれくらいでした?」
堀井 「あれは、『1』なんかもう、(指先をちょっと開いて見せて)これくらいですよ」

(ゲームファクトリー福岡2003「浜村弘一×堀井雄二」対談全記録・中篇より引用)

 そもそも中世というのは堀井さんがえがきたかった時代というわけではない。ちょいと指をひらいて見せるくらいのとってつけたようなお話にすぎず、わかりやすさを重視したものにすぎないんだ。別に中世ヨーロッパでなくてもえがけたストーリーかもしれないんだ。例えばヤマトタケルを主人公にしてもいいんじゃないだろうか?

 日本には天皇という王様*1が存在する。王様っていうのは単なる独裁者や武力を持った人の事ではない。民衆にとって特別な選ばれた存在で、あこがれとか理想像を持ったモデルさんでもあるわけだ。一言で言うと国の代表人物、顔ってやつだ。だから王様が喜ぶような事は国民も喜ぶ事だし、王様が悲しむような事は国民も悲しむ。そういう価値観を日本人は持っていたんだな。日本人にとって天皇は平和のシンボルで、おだやかなイメージを持っている。だからドラゴンクエストでそんな王様からたのまれごとをされたら、それを自分の事のように考えて行動できるんだ。

 けれど、アメリカ人が作ったウィザードリィはちがう。ウィザードリィの一作目にはサブタイトルがある。「Proving Grounds of the Mad Overlord」――これを和訳すると「狂王(きょうおう)の試練場」。Mad Overlordっていうのは「いかれた支配者」という意味がある。つまり王様の事を「くるっている」と表現しているわけなんだ。ウィザードリィは一見すると王様の命令を旅人が聞き入れ行動しているように見える。けれどこれは正義のためとは限らない。ある者は金かせぎのためだったり、有名になるためだったり、武者修行のためだったりして、王様が困っているから参加しているんじゃないんだな。

 アメリカ人は基本的に王様を信用しない。アメリカは自分達の歴史に王様が存在した事がないというめずらしい国なんだ。日本だけじゃなく、イギリスにしろ、中国にしろ、インドにしろ、エジプトにしろ、イスラエルにしろ、ハワイにしろ世界中の国々は王様がかつてそこにいたという歴史を持っている。けれどもアメリカは一度もそういう王家を作ったことがない。かれらのトップは大統領という市民にすぎないんだ。むしろイギリスという王国の支配からぬけるところから始まったのだから、王様が人々を苦しめる悪としてえがかれたほうが理解できるんだ。

 また、アメリカ人はキリスト教徒だけど、そのほとんどが「プロテスタント」という宗派なんだ。これはドラクエ3と同じくらいの時代である「ルネサンス」に生まれた考え方だ。これまでキリスト教徒が神様の言葉を聞くには「カトリック教会」というおエラいさんが聖書の言葉を引用しながら神様の代わりになっていたんだ。けれども教会に対する不信が続いたのと、印刷技術が生まれた事により、教会ではなく個人が聖書を手に持つ事によって、おエラいさんではなく書物によって直接神様の言葉を聞こうという人達が生まれた――それがプロテスタントなんだ。……なんだかパソコンの歴史に似ているな。そんなプロテスタントから見たら十字軍の話は他人事の話であり、むしろダメになった教会がやらかした悪事であって全く共感できない出来事なんだ。ウィザードリィにはクルセイダーという敵がいるんだけど、クルセイダーとは十字軍の事だ。アメリカ人にとって十字軍は敵にしかならないんだ。

 これがドラゴンクエストが海外でウケない本当の理由だ。ウィザードリィは中世のようでいて、登場人物は中世の価値観の外側からやってきた人だったりする。そんな人達なのでルールにしばられず自分のためにぼうけんしているだけなんだ。一方でドラクエは中世を自分達の価値観で解しゃくしてしまい、日本でしか通用しないストーリー、宗教、ヒーロー像を作ってしまった。だからアメリカを初めとして世界各国でヒットしなかった。どんなに十字や言葉の表現を変えたとしても元々の「王様のために動く」という時点で独特すぎるんだ。堀井さんはおそらくこの事に気づいた。だからさりげなく時代は進められた。それはより多くの人にドラゴンクエストを楽しんでもらうためだろう。

 けれども時すでにおそかった。ドラゴンクストは社会的なブームを巻き起こすほどの人気ゲームになり、人口がばくはつ的に増えた。それにともない、ドラゴンクエスト3を買った子供をねらったカツアゲやひったくりという事件がマスコミに取り上げられてしまった。大人であるかれらのほとんどはゲームの面白さを体験していない。ドラクエの物語は後から取ってつけたものであり、ゲームの面白さありきで作られた事を知らない。むしろ「十字軍のイメージと重なっている」という部分だけに注目してしまう。moonのCMみたいな「らんぼうもの」の勇者が登場するゲームが子供たちに悪えいきょうをあたえているようにしか見えなかったのだろう。このころから世の中に「ゲーム害悪論(がいあくろん)」があふれてしまった。

 この事に一番ショックを受けたのは他ならぬ堀井さんだったんだろう。かれの次回作ドラゴンクエスト4は2年も製作期間が設けられた。これまでは1年刻みで作られていたのにいきなりおそくなってしまったんだ。世間ではこの事に関して「ネタギレだったから」とか「3で完成形だったから」とか言われているけど本当だろうか?

 ネタギレに関してはメディアミックスがそれを否定している。「勇者アベル伝説」、「ダイの大冒険(だいぼうけん)」、「ロトの紋章(もんしょう)」……どれもおそらく3をモデルとした世界観だ。つまりアレフガルドやロトを使いまわしても新しい作家の力を借りれば、時代を進めずとも物語は作れたはずなんだ。ところが次回作の4では「ロト」や「アレフガルト」といった自分達が築き上げたブランドを捨てて「天空」という新しい単語が作られた。つまりネタはあるけど、それをあえて使わず、わざわざ取材や考えに考えぬいて別のものを生み出そうとしているという事になる。

 「3で完成」というのも疑問だ。4はさっきも言ったように全く新しいものになっている。ここまでちがうのなら「ドラゴンクエスト」のタイトルはいらないだろう。完全新作として出してもよかったはずだ。しかし、次回作も「ドラゴンクエスト」のタイトルをつけている。つまり、ドラクエとして何かやり残した事があり、その未完成の部分をうめるためにゲームは作られたんじゃないだろうか?

 ドラクエ3は「ゲーム」としては完成していたのだろう。だが、「物語」としてみた場合、やりのこした事があった。それが何か語っていきたいところだけど時間になってしまったな。今日はここまで!解散!

*1:厳密に言うと皇帝