パレスチナ問題は領土問題

 パレスチナ問題は宗教対立の問題だと見られる事が多い。利己的で自分さえよければいいというユダヤ人と頑固で過激なイスラム教徒の衝突で、それを困った顔で見つめるまともなキリスト教徒――というのが現在のメディアが伝えてくるパレスチナの姿だ。しかし、実際に調べてみるとどうやらそれは違うようだ。

 まず前提としてユダヤ人は移住民族である。パレスチナという場所はアラビア半島の北西に位置する。昔からここは国を作るには難しい場所で、南西にはエジプト、北東にはメソポタミア(現イラク)という4大文明のうちの2つに挟まれていた。しかもメソポタミアより更に東には大国イランが存在する。時代が進むと、西の地中海からローマ・ギリシャがやってくるし、南東からはイスラム教が発生するわけで、ようするに中国以上に四面楚歌な状態なわけである。学校で例えるならば、廊下で勉強をしているようなもので、そんな場所で落ち着けというのはムリな話だ。同じオリエント(中東)の国であるエジプトは対照的に農耕を取り入れた定住生活をしていた。これは地理的に砂漠と海に囲まれているため、ちゃんとした教室の中にいる状態だ。

 そんな彼らも紀元前1000年ころにはダビデという人物が王となり国を作ろうとした事があった。この国はダビデ王の息子のソロモン王が死んだ後、北の「イスラエル」、南の「ユダ」に分裂する。しかし、イスラエルアッシリアメソポタミア北部の国)に滅ぼされ、ユダも新バビロニアメソポタミア南部の国)に制服され、首都であるバビロンに奴隷として連れていかれる。(バビロン捕囚)*1

 とまぁ、こんな感じで彼らは「土地と言うものを持たない、持てない民族」だった。*2こんな風にうろうろしていると「神の大地」なんてものを作っても、「やばい!取引先からじゃ時間に間に合わない!くそっ!これじゃみんなで集まってお祈りできないじゃないか!」という事になる。人によっては生まれた時から遠くに住んでおり「聖地?何それおいしいの?状態」で、その土地に愛着が全く湧かない可能性だってある。だから彼らは「天」に神を求めた。どこにいてもあまねく人々を見渡せる場所に神がいるのだと彼らは考えるようになる。神が天にいれば、自分がどこに住んでいるか?というのは大した問題じゃなくなる。神は等しく自分達を見てくれているのだから、どこにいても同じ神の存在さえ覚えていれば同じ民族、仲間としていられれるわけである。

 彼らは土地に縛られないからどんどん世界に散らばっていくが、「でも逃げたところにもいいことはなかった」と故郷に帰りたいという願望を持つようになる。その原因のひとつはキリスト教徒からの差別・迫害だ。キリスト教についてはそのうち説明する予定だが、一言で言えばユダヤ教を「改革」して出来たのがキリスト教である。だから、キリスト教徒からするとユダヤ教は「お前らは古臭くて間違っている!」という話になる。その上、ユダヤ教が成立した当時は「お金が人を狂わす」という価値観がなかったために、特にルールもなかったが、キリスト教は「お金は汚い」という価値観を持っていた。そのため、お金を預かったり管理する「金貸し」という職業のほとんどをユダヤ人が担う事になった。その結果、主にヨーロッパの金はユダヤ人が握る事になり、貧富の差からますますユダヤ人への嫉妬や偏見が強くなっていった。そういう状態なのでユダヤ人の中からシオン(エルサレム)の地へ帰ろうという運動「シオニズム」が始まる。

 一方のパレスチナ地区はアラビアで生まれたイスラム教の影響でその土地に住む人のほとんどはイスラム教に改宗していた。イスラム教についてもそのうち説明が必要になるが、この宗教はユダヤ教キリスト教とは無関係ではない。イスラム教徒は唯一神アッラーを崇めるが、このアッラーは聖書なんかでアダムとイブに対して「この知恵の実食べちゃダメ。ゼッタイ。」と言った神である。つまり、ユダヤ教キリスト教イスラム教も同じ神を崇めている。この3つの宗教の事を「アブラハムの宗教」と呼ぶが、アブラハムとはヘブライ人の祖であり、3つともヘブライ人の宗教なのである。全く別の宗教というより、上座部と大乗に分かれた仏教のようにただ宗派が違うというだけと考えた方が事実に近い。

 実際、中世のエルサレム(聖地)にはこの3つの宗教が共存して住んでいたらしい。欧米諸国による民主化を進めて出来たものではない。イスラム教は勢力を広げる中でちゃんとした「金さえ払えれば」*3改宗を必要としなかった。特にイスラム教徒からすればユダヤ教キリスト教も自分達と同じ神を信じている人達で偶像崇拝者ではない。インドに入ったときに仏像をぶっ壊しまくった*4事や現在イスラム国(ISIL、ISIS)がメソポタミア文化遺産を破壊しまくっているが、こっちの方がより攻撃的だと言ってもいい。これこそ宗教対立だろう。

 では、宗教問題ではないとしたら、何が原因でパレスチナ問題が起こったのか?その発端は「イギリスの三枚舌外交」にある。イギリスは中東という地理的にも資源的にも重要な場所をコントロールするため「オスマン帝国からアラブの独立を約束しますよ」「イギリスとフランス(とロシア)で仲良く中東を分割統治しましょう」「ユダヤ人の故郷を再建しましょう」という見ようによってはムジュンする公約を各勢力に対して行う。第一次世界大戦の時、イギリスはユダヤ人・アラブ人の力を借りてパレスチナオスマン帝国から手に入れる。結局のところ、それはパレスチナの統治がオスマン帝国からイギリスに変わっただけで独立したわけじゃなかった。そうこうしているうちに世界恐慌で職にあぶれたユダヤ人達やナチスドイツの迫害から逃れる人々が故郷を再建するシオニズム運動を知る。財力を得ていた金持ちのユダヤ人達は仲間のために力を得てパレスチナの土地を地主達から買っていった。世界中からパレスチナに来たユダヤ人はそこでもヨーロッパと同じように金を蓄え続けたためにイスラム教と衝突しはじめる。気が付けばテロを初めとした殺し合いにまで発展していった。三枚舌外交をしていた事がバレたイギリスはユダヤ人とアラブ人の反感を買い、統治の権利を国連に譲ったのだった。

 ……とここまで見ればわかるがこれのどこが宗教対立だろうか?パレスチナからしてみれば何の話し合いもなく突然異民族が押し寄せてきたから反対しているというのが対立の原因だ。ユダヤからしてみるとちゃんと仲間たちが金を払ってくれたし約束もされてたし、文句を言うなという話になる。「居場所を奪われたもの達のイス取りゲーム」であり、決してそれぞれのユダヤ教イスラム教の教義を巡っての争いではない。これを宗教対立だというのなら、極東の「戦犯であろうとも分祀はできない」という主張を行っている国の方が何倍も宗教的である。

一方で、この問題に最も宗教的な対応をしている一派がある。キリスト教だ。キリスト教の「お金は汚い」という価値観があったからこそユダヤ人の中に成金の金貸しが出来てしまった。キリスト教の「ユダヤ人はズルい」という価値観があったからこそユダヤ人は迫害されてしまった。キリスト教文化圏がユダヤ人を受け入れ、貧富を上手い事コントロールする社会があればここまで問題が膨れ上がる事はなかったとも言える。別に意図して原因を作ってしまったわけではないだろうが、全くの無関係ではない事は確かだ。

 さて、元々のユダヤ人は上で述べたように「土地に縛られない」という生き方をしていた。つまりシオニズムの中心にいるユダヤ人は伝統主義者ではなく、つい最近になって現れた新しい思想の持ち主である。その事を証明するかのように世の中にはこの運動に反対するユダヤ人もいる。

参考:シオニズムを批判するユダヤ人たち

 では、この新しい思想はなぜ広まりつつあるのか?実はこのパレスチナに建国された「イスラエル国」を最も応援している「ある国」の存在が関係している。それは我々もよく知る「アメリカ合衆国」だ。パレスチナ問題を複雑かつ宗教問題にしているのはアメリカなのである。

つづく

*1:このユダという王国の生き残りだからユダヤ人と呼ばれるらしい。でこのバビロンをヘブライ語で「バベル」。バベルの塔はどうやら(地理的には)実在したもののようです。それとバビロン捕囚はジ・エグザイル。あの歌手グループと似てますね。

*2:これは同時期に活躍したアラム人もフェニキア人もそうであり、彼らも商業・貿易を生活の中心に地中海・中東周辺をうろうろしていたわけである。

*3:世の中結局金ですか。

*4:インドで仏教が衰退した理由の一つ