聖徳太子はいない?けど、厩戸皇子はいた。

 平成時代に地下鉄サリン事件があったというのが我々の共通認識だ。その中で首謀者は麻原彰晃だとされている。しかし、この麻原彰晃、本当に実在した人物だろうか?例えば麻原には愛人が100人ほどいたらしいが、とてもじゃないがそうは見えない。この時代の美の感覚はジャニーズジュニアを見れば分かるとおり「イケメン」で、このようなひげもじゃのおっさんがモテるとは思えない。もしこのようなおっさんが言い寄ってきたら、普通に警察に通報ものだろう。最近では我々がよく知っている写真もそこらへんのおっさん、おばさんの顔を合成したモンタージュで、赤の他人の顔である可能性が高いと言われている。また日本人は基本的に無宗教だ。そんな彼らが人殺しをしなければならなくなるほど宗教にのめり込めるわけがなく、空中浮揚も信用するはずがない。構成人数も1万ちょっとで、ハッキリいって同時代の創価学会に比べたら弱小団体。そんな少数の中に警察関係者や理系大学出身のエリートたちが都合よく集まるわけがないだろう。他にも麻原彰晃は死刑がなかなか執行されなかったという話があるが、世界を騒がせ、国家反逆罪という大変重い罪で裁かれ、たくさんの遺族がいる中で死刑囚が放っておかれるとは考えがたい。裁判中の奇行も奇人変人の類であり、そんな人間にカリスマが集まるとは思えない。どうやら我々が聞かされていた事件というのはオウムの後継団体が自分達の権威付けのために、そこらへんでおきた脱線事故に、あのヒトラーでさえ使用しなかった化学兵器の名前をつけて世界に広められたデマゴーグだったというのがホントのところのようである。完

 ……なんて話は、現代に生き、麻原彰晃こと、松本智津夫を知る我々にとっては、大きな声で「いやいやいや」とツッコミを入れたくなる話である。しかし、これが100年後、200年後になったら分からない。上記のような「トンデモ」が普通に学説として存在しているかもしれない。なぜなら歴史学者の言っている事はほとんどこのような下らないものだからである。

 事実は小説よりも奇なり。これは、現実には「そんなバカな!?」と人々を驚かせる事が平然と起こるし、裏を返せば小説は「現実よりもリアリティを求め」なければ、読者が共感しづらくなるという話でもある。突き詰めれば、「ある書物に書かれているもの」が、「ウソっぽいから作り話」「リアリティがあるから事実」とは限らないという事である。

 最近の教科書では「聖徳太子はいなかった」というのが定説になりつつあるらしい。こういう話を聞くと歴史学の世界もついに親大陸派の人間が力を持つようになったのかと残念な気持ちになる。というのも、聖徳太子は日本史を語る上で重要な人物で、私がこれまでに語ってきた「和」なるものを初めて文献に残る形で語るのは聖徳太子で、ぶっちゃけて言ってしまえばその後の武士の時代になってしまうと誰も和の話なんてしておらず、むしろ中国の学問(基本的には儒教)の影響の話だけが存在するだけで、日本は中国のパクリをしていただけの国家という事になってしまうのである。

 もちろん、フタを開けてみれば「聖徳太子はいなかった」が、「厩戸皇子はいた」という話なので、ようするに「キリストはいなかったが」が「イエスはいた」。「ブッタはいなかった」が、「シッダールタ」はいた――みたいな話である。要するに聖徳太子も日本の宗教に深く関わっている事が分かったので歴史から宗教を切り離すといういつものアレが発動しただけのようである。

 もう少しだけこの話題を掘り下げると、日本の教科書は安全確実なものしか選ばないという方針を取っていて、色んな説があって確かな事はいえない事、確実にあったとはいえない事は語らないという取捨選択をして作っている。しかしこの安全確実の捉え方が危うい。基本的には現代の常識を基準にしているわけだが、常識は時代とともに変わる。常識的なものが確実とは限らないのである。

 たとえば「日本書紀」は建前上は日本の正史である。その中に欠史八代*1という系図くらいしかハッキリした事が分からない天皇が数人いらっしゃる。これらの天皇は寿命が長すぎる事から、実在性を疑われている。孝霊天皇は128歳も生きたといわれるが、この時代の平均寿命はだいたい30歳くらいだと言われているし、そもそもギネス最高齢すら超えている。普通に考えたらありえない。

http://www.geocities.jp/yasuragigogo/nagaiki3.htm

時代 男女平均寿命
縄文時代 31歳
弥生時代  30歳
古墳時代 31歳
室町時代 33歳
江戸時代 45歳
明治24〜31年 43歳
大正15〜昭和5年 46歳
昭和10〜11年 48歳
昭和22年 52歳
平成19年 82歳

 しかし、この「ありえない」というのは現代の常識で考えたらありえないだけで、その当時を生きていない私達には「絶対にありえない」と言い切る事はできない。年の数え方が今と昔で違った可能性もあれば、本当に長寿な人間が現れた可能性だってある。

https://www.momohime-medical.com/mitochondriadna

ミトコンドリアはプログループと疾患の関係

ミトコンドリアハプログループは、特定の疾患と関係があると言われています。つまり、どのグループに自分は属しているかが分かると、どんな疾患にかかりやすいかが分かるのです。
F:糖尿病のリスクが高い(特に女性において)と言われているグループです。
N9a:糖尿病のリスクが低い(特に女性において)と言われているグループです。
N9b:心筋梗塞のリスクが低い(特に男性において)と言われているグループです。
D:百寿者(100歳以上の方)において、高い頻度で見いだされるグループです。
D4a:超百寿者(105歳以上の方)において、高い頻度で見いだされるタイプです。

 日本人の約4割がミトコンドリアDNAハプログループDに当たるが、そのD系統は長寿遺伝子と何らかの関わりがあると言われている。つまり可能性としてはゼロじゃない。古代において長寿な人間が「神と同じ不死の体を持っている」として崇められたとしてもなんら不思議ではない。

 歴史学者の「解釈」によってある記述は無視され、ある記述だけが取り上げられるというようなつまみ食いが行われている。このような解釈によって日本書紀が書かれた当時の天皇の身内である中大兄皇子(後の天智天皇)からが歴史で、ちょいと前の推古天皇厩戸皇子は、同時代の隋書*2に「阿毎多利思比孤(あまたりしひこ?)」という男の倭王がいたから、実在しないと言われる。日本の有史時代は飛鳥時代ではなく、奈良時代からだという主張をしていると言ってもいい。

 しかし、この見方は危うい。というのはアマテラスも作り話、神武天皇も作り話、推古天皇まで作り話だというのなら、その後の天皇の話が事実である確証だってないではないか。作り話ばかりのウソばっかりの書物を書いた人間がなぜ、現代だけ現実的に書く?過去に水増しで作り話をしたのなら、現代の人間にだって作り話や誇大表現を盛りまくるはずだろう。過去はウソ、この時代はホントというのは歴史学者の言いたい事であって、日本書紀の言いたい事じゃない。日本書紀の作者はアマテラスも、神武天皇も、その後の天皇も同じく、どれもウソではなく同じぐらい大事だから文字に起こしたというのに、学者によってその価値が変わってしまっている。これは史料を参考にしていながら、その史料を無視しているのに等しい。

 一般には皇紀を水増しし、長く続いている王朝である事を示すため架空の偉人が系列に入れられたと言われる。だが、皇紀という考え方自体が明治に生まれたもので、それを日本書紀の解釈に使っていいものか疑問である。王朝の長さを武器にするという事は周りの国に対抗するという事で、それは日本の側に海外と対等かそれ以上に渡り合うだけの対抗意識があったという事になる。というより、今は1000年続いた王朝も珍しくないが、古代においてそんなに長く続いた王朝などあるのだろうか?学者達が怪しげな血統の水増しに対抗して減らしていくのも結構だが、日本書紀が伝えている事は王朝や血統の長さ「だけ」なのだろうか?

 学者の解釈は毎回変わる。だが、日本書紀に書かれている事も、過去に起こった事も変わらない。我々が知らなければならないのは、時が経っても変わらない何か連続性のある精神や構造といったものを受け取らねばならないのだ。もちろん、ウソかホントかはその時代を生きている人間にしか分からない。文書になった時点で全ては受け手の判断に委ねられる。これは仕方がない。だが、何者かが書いたことは事実。私はクリエイティブな業界に生きる人間である。日本書紀古事記を「作品」として見たら、作品がつたえたい事も読み取る事ができる。例えば日本神話を物語として見た時に、どんな世界観、価値観、どんな人がいたのかという事がわかる。歴史の専門家ではない私にはこういう戦い方しかできない。書物の中ではなく、書物の外で何があったのかを見る。これが新しい歴史へのアプローチになるのではないだろうか。

つづく

*1:これももともと欠史十三代だったものが後世で解釈が変わったものである。

*2:なぜ日本の書物を信用せずに外国の書物を信用するのか?