ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドの超個人的メモ3

ユーザーとして語りたい事は語り尽くしてしまったので、やや趣向を変えていくつか。

・今作が評価されるのはうれしいのだけれど「スイッチはゼルダだけしか遊んでいない」とか「スイッチ最高傑作はゼルダ」というのはちょっとなぁと思ってしまう。

・というのは私はブレスオブザワイルドをWiiUでも遊んだ人間なので、私にとってはこのソフトはWiiUのソフトなのだ。スーパーマリオが後にGBAに異色されてもファミコンのソフトと感じるように、このゲームがスイッチのソフトだと言われると「そうかぁ?」と思ってしまう。むしろマリオオデッセイとか、持っていないけどARMSみたいなものがスイッチのソフトとしては適当ではないだろうか。*1

・本当にスイッチ版のゼルダが出たら、もっと面白いものになるだろう。これは脅しでも願望でもなくて、客観的に見ると今作にはものすごい余裕というものが感じられる。実験的な意味合いというかなんというか、「こんなものできましたけど、どうです?」みたいな提案段階であって、多分本気を出していないだろうなと思うのである。だから現時点でスイッチの評価はまだできないと思う。

・また「震災後のゲーム」という電波を飛ばす人間から言わせれば、ゼルダやスイッチや2017年のゲームだけが面白かったわけではなく、これから出るゲームはほぼ面白いゲームだろうと予測している。これも願望ではない。セーブ、プレイ時間など、すべてが変わった。いつ停電してもいいゲームと、いつでも止められるゲーム、少ない時間で楽しみが感じられるゲームはイコールである。だから、「あの経験」により意識していようが、無意識だろうがクリエイターの中に面白さのエッセンスというのが出来ている。メロンの種に近い甘い部分だけ食って皮の近くを食べないというのはまずいメロンを食うなら「あり」だが、美味いメロンの場合は皮の近くまで美味いわけで、そこを残していたらもったいない事すんなよと言いたくもなるのである。ゼルダで戻ってきたのなら、ゼルダ以外も遊ぼう。

・英傑のバラッドを一応やる。なんというか、まぁそうだよね――という内容。本編のノリのイベントを増やしましたという形で、特にあってもなくてもいいやというものだった。すでに完成されきったソフトに追加があってもあまりありがたくはないんだなぁというなんとも言えない気持ち。

・もちろんクオリティは低くないというかむしろ本編と同程度なのだけど、なんというか面白さが上がる追加ではないという感じ。前回もそうだけど追加コンテンツというもの自体があんまり面白さに機能しない気がする。ビジネスにうまくつながるかわからないけど、追加するものは公式ではなく、どちらかといえばユーザー側から提供された方がいいんじゃないのかな?

・ご褒美はもらったんだけど、村の入り口付近とかで謎のフリーズをしてしまう気が。自分の環境だけ?

・このご褒美、馬ジャンプのコログにも反応する

・クリアするとやる事がなくなる。悪い事ではないんだけど、ちょっとさみしい。マップは広いのに、イベントに広がりがない。ジャンルが違うので比較するのもなんだけど、ポケモンスプラトゥーンネトゲなので、横の広がりがある=何時間でも遊べる。

・最初の印象通り、ゼルダというより、スーパーマリオポケモンを足して割らなかったゲーム。例えばマップの埋め方やウツシエがポケモン図鑑の面白さを流用している。

・音楽ももっと評価されるべき。一般的にBGMには主人公の脳内で流れているであろう曲と、その場から聞こえてくる曲があるが、今作はフィールドの曲のほとんどを「その場から聞こえてくる曲」にしている。そのためどんなプレイをしていても違和感がない。曲としては感情移入しづらくなるが、効果音の方に感情を入れる事によって全体の音としてのバランスをとっている(と思う)

・クリエイター視点では、コログを2Dで表現できないか?と考えたが難しく断念した。これは計算された上で入れられており、ただマネをしてもダメだ。

・「神々のトライフォーススーパーファミコン)」のような上から見下ろしにした場合、コログの謎解きの石ころなどは誰でもわかる位置に見える。すると謎解きには基本的に「みんな気づく」。スルーするとストレス、だからといって毎度毎度解いていたら面倒というどちらもあまりユーザーにやさしくない設計になってしまう。

・これは3Dだから面白い表現。気づいた人は解いて、気づかなかった人はそのまま問題ないというそういう遊びだからこそ楽しい要素。誰でも気づける視点では面白さを提供できない。

・さらにコログには人力フックショットの中継地点としての役割があり、長くて苦しい3D移動の休憩地点とかセーブポイントとしての役割がある。

・このゲーム、足し算じゃなくて、かけ算で作られている。3Dの移動も、コログの面倒くささもどちらも本来ならマイナスなのだ。だけどマイナス同士を掛け合わしてプラスのゲームにしている。「主人公の名前は変えられない」「移動だけで1時間かかる」「謎解きは単純、しかもインチキ可」「ヒントがあんまりない」――これまでの常識だったらクソゲーの用件だったものばかり。でも、ちゃんと計算されて面白さを生み出している。ごめんなさい。マネできません。

*1:スタッフからするとバージョンをおとしてWiiUに対応したものです!みたいな認識なのかもしれないが、他のハードでも出せるゲームをそのハードのゲームとして認識するのは自分には割と違和感。