輪廻転生は仏教起源ではない

前提:怨霊を呼び出したのは誰だ - 鈴木君の海、その中

 仏教には色々と誤解が多く、例えば「出家(しゅっけ)」や「輪廻転生(りんねてんしょう)」を思い浮かべる人も多いだろうが、これは仏教発祥の地インドに元々根付いていた価値観であって、仏教起源ではないという事に注意する必要がある。だから仏教の真髄を知るためには元々あったインドの文化とそれに対する仏教の位置付けを理解する必要がある。

 紀元前1500年、カイバル峠をこえて牧畜民アーリア人が北西インドに進入しはじめた。彼らは紀元前1000年をすぎるとガンジス川流域へ移動を開始し、その先で農耕に従事する先住民(トラヴィダ人と考えられる)と交わり、定住農耕社会を形成したのだ。*1アーリア人はインドでヴァルナと呼ばれる滅茶苦茶厳しい階級制度を作った。これは上からバラモンブラーフマナ)、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの四つの階級が存在する。またジャーティと呼ばれる制度もあり、これにより結婚する相手も自由に選べない上、食事の制限まであったりする。

 ヴァルナとは「色」を意味する。この土地に移住してきたアーリア人と原住民との間に膚の色の違いがあったためにこう呼ばれるらしい。ジャーティなどと合わせて考えるとおそらくこの厳しい制度(カースト制度とも呼ばれる)は複数の異なる人種同士が同じ土地で暮らす上で必要なルールをまとめたものだったのだろう。*2またヴァルナを初めて用いた宗教(バラモン教)はヴェーダの神々を崇めるが、このヴェーダの神はインド土着の神ではなく、アーリア人が生み出した神々である。ヴァルナもヴェーダアーリア人ありきなのだ。そしてこのアーリア人たちは宇宙とは何か?人生とは何か?という事も考えていた。つまり哲学だ。このインド哲学ウパニシャッド哲学と呼ばれる。要点をまとめるとこうだ。

 人生には苦しみが付きまとう。それは何故か?それは前世においてその人がやってきた業(カルマ)の結果である。人は生前にやってきた行為により死後の運命が決定される。死者は煙とともに舞い上がり月へ行く。やがて雨となって地上に戻り、植物に吸収されて穀類となり、それを食べた男の精子となって、女との性的な交わりによって胎内に注ぎ込まれて胎児となり、そして再び誕生する。いい行いをしていれば人に生まれるだろうが、悪い行いをしていれば虫になってしまうかもしれない。この過程は無限に繰り返される。そして人は生きる度にふたたび苦しみを体験しなければならない。しかし最高の真理を発見した者には、神々の道を通って宇宙の源「梵(ブラフマン)」と合体し繰り返す人生から抜け出す「解脱(げだつ)」ができる。そういえば我々もこの宇宙の一部じゃないか。つまり私の中にも宇宙がある。これを「我(アートマン)」と名づけよう。私の中の宇宙をどのように発見しようか?そうだ!修行しよう。

 これが元々の出家と輪廻転生である。仏教を仏陀ブッダ)の教えだと考えるならば、これは仏様が考えた事ではなく、インドのバラモンアーリア人)の教えなのだ。そしてこのウパニシャッドはヴァルナを肯定するのに使われてしまう。「お前たちがなぜそのような苦しい身分に生まれたか分かるか?それは前世の行いがよくなかったからだ。恨むのなら自分の前世を恨むのだな。わははー」といった感じに。

 ちなみにこのヴァルナは未だにインドに残っているらしい。なぜこんな苦しい制度が消えなかったのかと言えば、それはインドが他の国と交流がなかったからと考えられる。インドという土地は雨季と乾季がハッキリしており、雨水をたくわえて米を作ったり、乾季には麦を作ったりと農業をするには最適な環境にあった。また、牛や羊を使った畜産も行われており、生産活動に関しては文句ない場所だった。また、険しい山脈、砂漠、海などに囲まれているため、アーリア人の進入は許したものの頻繁に国を狙われるような事も無く、ほとんどの民はその場所で「定住」生活を送っていた。つまり自分たちの国が持っている物だけで国が成り立つので国外に興味がなかったとも言える。自分たちの国だけでは経済が成り立たないギリシャとは対照的といえる。

 異民族の同居という意味ではエジプトのユダヤ人を想起する事も出来るが、あちらとは立場が逆になる。エジプトでは、こき使われる立場のユダヤ人の方が移民であり、移民だから外にはもっと別の世界があるという事も知っていた。そもそも先祖が「移住」を生活の基本にしていた人たちなのだから土地に特化した能力よりも、どこに言ってもそこそこ役立つ知恵や能力を会得する事が得意とも言える。一方でインドの先住民は農耕を基礎とする「定住」民族なのだ。外にどんな国があるか知る必要がないし、そもそも自分たちの能力はその土地に特化した「スペシャリスト」としての能力である。愛着のある土地から離れたくないし、目指した土地で自分のスペシャリストとしての能力が発揮できるか分からないという不安もあるのだ。手っ取り早く言うならば日本が江戸幕府を開くよりも遥か昔から鎖国をしてしまっていたようなものなのである。こんな状態では親だとか友達だとか先生だとかが守っているルールや行動は常識であり、当たり前の事なので疑問を持つという事自体なくなってしまったのだと考えられる。

 話を戻そう。インドが国として豊かになっていくとバラモンの下の階級であるクシャトリヤ(武士)やヴァイシャ(商人)が力をつけていく。そしてそんな中、インドの片隅のシャーキア国(現ネパール)に一人の王子が生まれる。名をガウタマ=シッダールタ。後のブッダ、お釈迦様である。

つづく

*1:このアーリア人、東へ向かったのがインド人の祖ならば、西へ向かったのがイラン人の祖であると言われる。そもそもイランという国名自体がアーリアンの国というのが変化して出来た言葉らしい。

*2:一説によると原住民が持っている免疫をアーリア人が持っていなかったために、疫病の伝染を怖れた者たちが取り決めたとも言われる。