12時間目「十字を組んで狙った敵は」

 ドラゴンクエストは王道のRPGらしい。でも、「王道」って何だろうか。先生はドラクエをそういう風に例えた事がないから王道というのがどういう意味を指しているのか全然分からない。王道と評している人の話を聞くと、どうやら「正攻法(せいこうほう)の基本形」という意味で使っているらしい。

 ただ、そう考えてもやっぱり納得がいかない。そもそもドラゴンクエストはありきたりで定番のゲームなのだろうか?例えばドラゴンクエストは「中世ヨーロッパ」をぶたいにしたらしいが――。

社長が訊く『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』

すぎやま
いちばん最初の打ち合わせのときに、
「これはどういう世界のゲームなんですか?」と
中村光一さんに聞いたんですね。
そしたら彼の答えがひじょうに的確で。
「ひとことで言えば、中世ヨーロッパの騎士物語です」と。
それを聞いて、僕がパッとイメージしたのは
ワーグナーの「ニーベルングの指環」とかだったんです。
そこで、音楽のベースはクラシックでつくりましょうと。
その判断はよかったと思いますね。

 こういう話をすると「中世ヨーロッパ!やっぱり王道じゃないか!」という反応をする人がいるのだけど、「ファンタジー」は中世ヨーロッパのものなんだろうか?たしかに「アーサー王の物語」という「騎士(きし)道物語」は存在する。ドラゴンクエストはまちがいなく、騎士道物語の文脈で語れるだろう。けれどこれは「ももたろう」みたくヒーローの活やくをメインにえがいた話であって、「まほう」はわき役。これをファンタジーの王道と呼んでいいのだろうか?

 先生はファンタジーって言ったらやっぱり「ハリーポッター」みたいなのが思いうかぶな。イギリスはファンタジー大国だ。『アリス』、『ナルニア』、『ハウル』……スタジオジブリやディズニーが好きそうなタイトルが並ぶ。けれどこれらの作品は必ずしも「中世がぶたいではない」。しかも主人公は元々現代人でもあるわけで、現代がぶたいでもファンタジーというのはえがけるはずなんだ。なんで日本では中世がファンタジーの基本になってしまったんだろう。

 そもそも日本人がハマった「ウィザードリィ」は中世ヨーロッパだったのだろうか?たしかに末弥純(すみえじゅん)さんのえがいた世界は中世風の絵で、サムライが存在するのは鎌倉(かまくら)時代からで、これはヨーロッパの中世期と時期的には同じだ。先生もくわしくはないけど、武器やよろいも中世風のものもあるのかもしれない。ただ、そこまでの物証があっても先生が納得できないのは、ウィザードリィが「指輪物語」の世界観を借りているからだ。

 「ヒッピー」という「西洋文化くたばれ!」と考える若者たちがいた事は覚えているか?「指輪物語」はキリスト教よりも前の価値観で作られていたためヒッピー達の聖典となった事も説明したよな?指輪物語に出てくるエルフは北ヨーロッパの神話に出てくる種族で、オーディンなどと同じくキリスト教が伝来する前にヨーロッパ人に信じられていたものなんだ。つまり、中世よりもはるか昔の世界観と言っていいんじゃないだろうか?

 そもそも日本人は歴史が苦手なのか、中世ヨーロッパというものを全然知らないみたいなんだ。

NHK高校講座 | ライブラリー | 世界史 | 第13回 十字軍の時代

ベリッシモ「この時代ぼくにとってね、ちょっと暗いイメージあるんですね。前回は古代ローマの話をしたんですけど、イタリアではやっぱり文化のピークっていうと「古代ローマ」とそして「ルネッサンス」ですね。だからその間にこの中世期があって暗いイメージがあるんです。あんまり面白い事がないですね。

(中略)

小日向「イスラム教徒をたくさん殺して、ちょっとひどいですねー。

ベリッシモ「ひどい話ですよ。本当にね。だから私達も学校で勉強するときですね、あまりよくない歴史として勉強することがあるんですね。私もそういう風に習ったし、テレビの歴史ドラマにもやっぱり裏の事とか悪いシーンもちゃんと入ってますから最近みんなそういう悪いイメージ持っていると思いますね。

NHK高校講座 世界史「十字軍の時代」より引用

 本場ヨーロッパ人にとって中世とは光りかがやく黄金時代ではなく、むしろ暗黒時代。文化はすい退し、政治はふ敗し、人々は生きづらい生活をしていた暗くて重い時代だったりする。そしてそんな中世を象ちょうするのが「十字軍(じゅうじぐん)」だ。かれらはキリスト教の正義をかかげ、異教徒をたおし、聖地を取り返す事を目的としていた。

 有名な話だけど、ドラゴンというのは東洋の神様だ。中国ではえらい人のシンボルとしてあつかわれていたぐらいだ。だから異教徒を敵視する中世ヨーロッパ人にとってドラゴンとは人々をまどわすアクマ、敵としてえがかれるんだ。ドラゴンクエストはそんな十字軍が当たり前に存在した中世ヨーロッパをぶたいにし、その時代の物語、小説の要素を当てはめていった。これこそがドラゴンクエストが乱暴なゲームに見えるもうひとつの理由だ。例えば第二次世界大戦当時の日本をぶたいにしたゲームが作られ、極東や太平洋にいる敵を次々とたおしていくというストーリーだったらどうだろうか。おそらく我々は複雑な気分になったはずだ。中世をぶたいにした事でドラゴンクエストは海外の人からしたらそういう「マズい」ゲームになってしまったんだ。

 キリスト教徒が少ない日本人にとって十字軍の歴史は完全に他人事だ。「十字軍バンザーイ!」という事が言いたくてゲームを作ったわけじゃないだろう。スーパーマリオで、「たたくことも出来て、足場にもなって、少ないマス目でえがけるもの」としてブロックを選んだように、わかりやすさを重視して中世を選んだだけだ。クリエイターが本当にえがきたかったのは一人の少年が、同い年くらいの男の子や女の子と出会い、いっしょに強くなっていくという物語だろう。だから十字軍のフィルターを通してドラゴンクエストを語るのはかなりまちがっている。

 この話、まだまだ続きそうだ。例えばドラゴンクエストの王とウィザードリィの王というのは全く役割や性格がちがうという事は知っているかな?これは日本人とアメリカ人の「王様」に対する考え方のちがいから生まれたものなんだけど、それは次回にするか。今日はここまで!解散!