31時間目「今という奇跡を信じよう」

 正直なところ、先生はおっかなびっくりこのジャンルの話をしている。年れい制限のあるゲームをみんなみたいな子に教えるというのは教師としてギリギリの行いだからな。だからなるべく全年れいで遊べるソフトに限定しながら話をしているわけなんだけどな。

 そういう18禁ゲームは通常えっちなもの目当てで買うのがふつうだよな。ヴィジュアルアーツという会社のKEYというチームもエッチなゲームを作っている人達だ。ところがえっちなもの目当てでKEYを買うユーザーはあんまりいないんだ。不思議な話だ。ユーザーはいったい何を求めて遊んでいるんだろうな?

 KEYをいちやく有名にしたのが「KANON」だ。まず、一言で言ってしまえば、ヒロインがとんでもない設定である。5人のヒロインがいるのだが、全員キャラがこい。

月宮あゆ
たい焼きが大好き、自分のことを「ボク」と言う。背中にしょった羽付きリュックがトレードマーク。商店街で祐一とぶつかって知り合う。それから、よく祐一と商店街で出会うことになる不思議な少女。

水瀬名雪
祐一が居候することになった同い年のいとこ。おっとりとしていてマイペース。イチゴサンデーとネコが大好きなお寝坊さん

川澄 舞
祐一が通う学校の上級生。口数も少なくあまりコミュニケーションをとろうとしないため、誤解されてしまうことも少なくない。何故か剣を手に夜の学校に現れる。

美坂 栞
祐一が通う学校の下級生。病気のため長い間休学している。好物はバニラのアイスクリーム

沢渡真琴
記憶を失った少女。覚えているのは自分の名前と祐一が憎いということだけ。ある日、突然街で祐一に襲いかかりそれ以降、祐一につきまとうようになる。

TVアニメ「Kanon」公式HPより引用

 羽根つきリュック、記おくそう失、病気、けんを手に夜の学校に……とまぁ、ふつうに見るとぶっ飛んだ設定がズラズラ。なかにはとんでもない秘密をかかえたコもいて、「え?こんなコとれん愛していいの?」と思ってしまう。ヒロイン全員がTOHEARTのマルチみたいなもんだな。まぁ、ぶっ飛んだ設定だけだと引いてしまうので、食べ物や衣装といった関連付けによってキャラクターにチャームポイントをあたえるといういわゆる「萌え(もえ)キャラ」の方法論を作ったとも言える。

 特にこのゲームのきかくを担当した「久弥直樹(ひさやなおき)」さんはマルチのようなキャラを作るのが上手だった。通常、病気のヒロインを出すとしたら、かわいそうな悲劇キャラとしてえがかれる事が多い。ところが久弥さんのえがくヒロインは病気持ちでも元気でかわいいキャラとしてえがかれている。病気が弱さではなく、強さの証明として出てくるんだな。マルチでいったらロボットであるという事が一つの個性になっているように、ユーザーとは異なる点をハンディキャップではなく、ある種のみりょくにしてしまっているんだな。

 まぁ、これはなんでもありな年れい制限つきゲームだったから出来た事かもしれない。日本人は基本的に事なかれ主義だから、ちょっとした表現で問題が起こる事をおそれる。病気そのものを題材にするのも多分社内から反発が起こるだろうし、ましてやそれを萌えにする事にも「ふきんしん」さを感じてしまう事も多いだろう。

 久弥さんはまさしくこの業界のために生まれたと言っても過言でない能力の持ち主だったんだ。……けれども、久弥さんはこのKANONを最後にKEYをはなれていってしまう。KEYをいちやく有名にした実力者でありながら、かれがKANONの次回作を作る事はなかったわけだな。美少女ゲーム市場は小さい会社も多ければいわゆる一発屋も多いからこれ自体はめずしい事じゃないんだけどな。

 けれども、KEYはその後もヒットメーカーであり続けた。それはもう一人のシナリオライターであった「麻枝准(まえだじゅん)」さんの手によるものなんだ。麻枝さんは元々はゲーム音楽を作りたかったんだけど、どこも採用してくれる所がなくて、シナリオも書けるから美少女ゲームのシナリオも書いてみようという事になったらしい。つまり、かれにとってはシナリオライターは第一志望ではなかった事になる。

 その「ズレ」はかれの評判にもえいきょうをあたえてしまう。かれはデビュー直後はふつうにエロエロなシナリオも書けていたんだけど、マルチ以後の美少女ゲーム業界は「キャラクター」が重要になってくる。麻枝さんはその「キャラクター」をえがくのを苦手としていたんだ。

 麻枝さんの書くキャラクターは実は3パターンくらいしかない。母親のようにめんどう見のいい「オカンタイプ」、精神年れいが小学生で止まってしまったかのような「ガキタイプ」、女らしさがない「中性タイプ」。こうして並べてみれば分かるように麻枝さんはいわゆる「きゃーん」とか「うふーん」みたいな年ごろ女の子っぽい女の子がえがけない人なんだ。美少女ゲームは女の子とイチャラブするのが目的なのに、どう考えてもそれに適さないようなキャラしか作れない。これが麻枝さんの能力的な問題なのか、それとも単純に好みじゃないからえがけないのかは分からない。ただ、かれは久弥さんと異なり、この業界が望む資質を持っていない事になる。

 麻枝さんはこの事を気にしていたみたいで、前作に当たる「輝く(かがやく)季節へ」のヒロインである七瀬留美(ななせるみ)はテーマ曲が「乙女(おとめ)希望」である事から分かる通り、女らしくなれない事を気にするヒロインだったりする。これはまさに麻枝さんの姿そのものだよな……そんなかれがどのようにヒット作を生み出していったのか――気になるところだけど、それは次回だ。おーし、今日はここまで!解散!